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千葉地方裁判所 昭和57年(行ウ)8号 判決 1985年3月29日

千葉県成田市本町五八七番地

原告

北総興業株式会社

右代表者代表取締役

諸岡璋二

右訴訟代理人弁護士

斎藤尚志

千葉県成田市花崎町八一二番一二

被告

成田税務署長

中島秀夫

右指定代理人

井上經敏

右同

江口育夫

右同

西堀英夫

右同

吉田克己

右同

佐藤鉄雄

右同

神作昌嗣

右同

斉藤正和

右同

鈴木徹

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五六年四月二八日付でなした、原告の昭和五三年四月一日から昭和五四年三月三一日までの事業年度の法人税更正処分につき、所得金額五二六六万七五五四円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分は、これを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告会社は被告に対し、昭和五三年四月一日から同五四年三月三一日までの事業年度(以下「本件事業年度」という)分の法人税として別表番号1記載のとおり確定申告をし、その後別表番号2記載のとおり修正申告をしたところ、被告は別表番号3記載のとおり所得金額及び法人税額を更正する(以下「本件更正処分」という)とともに、過少申告加算税の賦課決定をし(以下「本件賦課決定処分」という)、そのころこれを原告会社に通知した。

2  原告会社は、本件更正処分を不服として別表番号4記載のとおり東京国税不服審判所長に審査請求をしたが、右所長は別表番号5記載のとおりこれを棄却する旨の裁決をなし、原告会社はそのころ右裁決のあったことを知った。

3  原告会社は、本件事業年度内の昭和五四年三月二二日、所有していた成田市馬場字餠田一一〇番二五原野六〇九一平方メートル(以下「本件土地」という)を、日本道路公団に、一億九六二二万九六一〇円で売渡した(以下「本件譲渡」という)が、右売買は、租税特別措置法(以下「措置法」という)六五条の二第一項が適用され、三〇〇〇万円が損金として控除されるものであるのに、被告は、本件土地をたな卸資産と判断して、本件更正及び本件賦課決定処分をなしたものであって、右各処分は、法律の解釈適用を誤り、事実誤認に基づくもので、違法であるから、その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3のうち、本件譲渡がなされたことは認め、その余は争う。

三  被告の主張

1  原告会社は、昭和五四年三月二二日日本道路公団に売却した本件土地売買代金一億九六二二万九六一〇円について、措置法六五条の二第一項所定の特別控除の適用があるものとして三〇〇〇万円を損金の額に計上して修正申告をしたが、本件土地は、後記2記載の理由で法人税法二条二一号及び同法施行令一〇条に規定するたな卸資産に該当するので、右譲渡は措置法六四条一項本文の規定に該当せず、従って、同法六五条の二第一項に規定する収用換地等の場合の所得の特別控除は認められない。

従って、原告会社の本件事業年度における課税所得金額は、<1>修正申告による所得金額五二六六万七五五四円及び<2>前記の理由により損金に算入されない三〇〇〇万円の合計八二六六万七五五四円である。

また、右のとおり、原告会社は本件事業年度の修正申告を過少に行っていたので、国税通則法六五条一項の規定に基づき、本件更正処分による納付すべき法人税額(国税通則法一一八条三項により一〇〇〇円未満の端数切捨て)一〇三〇万一〇〇〇円に一〇〇分の五の割合を乗じた五一万五〇〇〇円を過少申告加算税として賦課した。

2  本件土地がたな卸資産であることについて

(一) 原告会社は、昭和四一年四月一一日株式会社成田霊園として設立されたが、同四二年一二月一〇日商号を現在の北総興業株式会社と変更するとともに事業目的として不動産の売買を追加した。原告会社はその事業目的に人骨埋葬、墓地の提供並びに保管、管理墓石の建設並びに墓石の販売を掲げてはいるものの、墓地等を経営しようとする者は、墓地、埋葬等に関する法律一〇条に基づき都道府県知事の許可を受けなければならないところ原告会社はいまだ右許可を受けておらず、右許可は昭和四三年四月五日付環衛八〇五八号環境衛生課長通知により、営利法人たる株式会社には与えられないことになっているので、原告会社が右許可を受ける可能性はない。

原告会社の代表者諸岡璋二は千葉県知事から昭和四一年二月七日付けで墓地経営許可を受けていたが、右諸岡が原告会社の設立後、許可を受けた地位を移転する予定であったとしても、移転許可が得られる見込はなく、しかも、右諸岡は、昭和四二年一二月には同知事に墓地廃止許可申請をし、昭和四三年三月三〇日には廃止処分を受けたが、原告会社が事業目的に不動産売買を追加しその商号を変更したのは右廃止の申請と時を同じくしている。

(二) 原告会社はその設立後本件事業年度に至るまでその所有する土地を売却して収益をあげただけで、それ以外の営業活動を行った形跡はない。

(三) 原告会社が被告に提出した本件事業年度の法人税確定申告書、法人税修正申告書の各事業種目欄には不動産売買と明記されている。

(四) 原告会社の昭和四七年三月期から本件事業年度の直前の昭和五三年三月期までの各事業年度の確定した決算において、本件土地を含むその所有に係る土地をいずれも貸借対照表の流動資産の部に計上し、右所有にかかる本件土地及びそれ以外の土地の売却が行われた際にもその売却した決算期の各損益計算書の営業損益の部に「土地売上」として計上している。

(五) 本件土地は、原告会社自ら使用することも、他に貸付けたこともない。また本件土地を含む原告保有の土地は、一部が東関東自動車道路用地となり、成田市街地への入口となる公算が強く、墓地用地に適さなくなったもので、具体的な墓地経営計画はなかった。

(六) 企業会計上、不動産の売買、斡旋等を業とする会社が販売の目的をもって所有する不動産は、商品すなわちたな卸資産になるとされている(財務諸表等の用語様式および作成方法に関する規則一五条五、同取扱要領二五)ところ、以上の事実からすれば、前記商号変更の際に、原告会社は不動産売買業に転じたものであって、その所有にかかる本件土地を含む土地を含む土地も不動産売買業の商品としてのたな卸資産たる性質に変じたものと解されるので、本件土地の譲渡をたな卸資産の譲渡として被告がなした本件更正処分、本件賦課決定処分はいずれも適法である。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1のうち、本件土地譲渡の事実、修正申告金額、その内容については認め、その余は争う。

2  被告の主張2(一)のうち、原告会社の設立、商号変更、事業目的の追加、原告会社の代表者諸岡璋二に対する墓地経営許可、その廃止処分の経緯についてはいずれも認める。原告会社がその事業目的に不動産の売買を加え、昭和四二年一二月一〇日に商号を変更したのは、新東京国際空港の設置に伴い成田市において不動産取引が多くなるであろうと予測し、かつ、営業目的を明確にしたためであり、他の目的を追加している。また、被告主張の通達があるからといって、株式会社に墓地経営の許可が出されないというものではない。原告会社は墓地経営の目的を削除したこともなければ、諸岡璋二に対する墓地経営許可廃止の時点で所有土地を売却することを目的として土地をたな卸資産と費目の変更もしていないのであって、墓地経営を断念したものではない。

原告会社は、設立当時から成田市及び近隣の寺に墓石を提供してきた業者が参加しており、設立未了であったため、代表者の諸岡璋二が許可申請をしたものであり、その地位を原告会社に移転する許可を求める予定であった。しかし、東関東自動車道路として予定地の一部が買収されることになり、計画を変更しなければならなくなったため、右許可された地位を原告会社に譲渡許可申請をすることができなくなった。なお右諸岡の許可については、成田市長を通じて、取下げを強く要請されたため、やむなく取下げたものである。

3  同(二)について、原告会社がその所有する土地を売却した事実は認める。

原告会社は、<1>昭和四一年一一月二三日、根本徳一郎に対し、成田市馬場字餠田八四番外四筆を、<2>昭和四六年五月三一日、同市山之作字供養塚三七〇番外二筆を日本道路公団に、<3>昭和五〇年七月三一日、同市大字龍面一七八二番外四筆を富士建興業株式会社に、それぞれ売却したが、右<1>の売買は、墓地経営の準備行為費用調達が目的であり、<3>の売買は、成田山新勝寺が墓地経営を計画して、右土地の取得を希望したが、寺院規則で現金による土地購入が禁じられていたため、土地交換によって右土地を取得したいとの同寺の意向によって、一旦富士建興業株式会社に売買されたもので、同社は右土地の農地転用許可申請をなして地目を山林とした上、昭和五一年新勝寺に所有移転登記を経由しており、<3>の売買は、全国的に信者を擁している同寺の墓地と隣接した墓地経営の実現を目指してなしたものである。また、<2>の売買については、措置法六五条の二第一項による特別控除が認められている。

4  同(三)は認める。しかし、右申告書の記載にあたって、原告会社代表者は内容を了知せずに押印したにすぎないものである。

5  同(四)について、原告会社が被告主張の決算期に本件土地を含むその所有にかかる土地を貸借対照表の流動資産の部に計上し、右所有にかかる本件土地およびそれ以外の土地の売却が行われた際、損益計算書営業損益の部に「土地売上」として計上したことは認める。本件土地は、昭和四一年六月及び同年一一月に原告会社が所有権を取得し、昭和四六年三月三一日に終了する事業年度まで、墓地経営のための固定資産として会計処理がなされてきたものであり、本件土地を含む原告会社所有土地を昭和四七年三月期から費目変更したのは、本来、原則として固定資産とされるべき土地について税理士が恣意によって変更したものであり、そのことによって、原告会社が不動産業者としての実態を具えたものであるとはいえず、また、昭和四六年五月三一日、本件同様、原告会社がその所有する成田市山之作供養塚所在の土地を日本道路公団に売り渡した際被告はこれに措置法六五条の二を適用しているのであって、会計処理上の費目とは関係がない。

同(五)のうち、本件土地の使用・貸借(成田空港反対運動に対し危害予防の目的で使用させたことがある。)がなかったことは認める。本件土地は当初から墓地予定であったから、原告会社自ら使用しなかったことは当然である。成田空港開港反対運動激化のため危険であるから、原告会社は、具体的墓地計画は立てなかったが、近隣者から同意を得、実施計画を立て、設計図を作成し墓地予定地内の山口誠の立退きを行わせ、昭和四一年一二月から同四二年三月にかけ、墓地の入り口にあたる土地を、墓地とする目的で整地工事を行った。

6  同(六)は否認する。

仮に被告が主張するように株式会社に墓地経営の許可が与えられないとしても、それだからといって原告会社が直ちに不動産業者となり、公共事業に協力して土地買収に応じた場合、その買収代金が措置法の適用を受け得ないものとは到底考えられない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるからここに引用する。

理由

一  請求原因1、2の事実(本件更正及び賦課決定処分の経緯)、原告会社が、昭和五四年三月二二日、日本道路公団に対し、本件土地を代金一億九六二二万九六一〇円で売却したこと、原告会社が右売買代金について、措置法六五条の二第一項所定の特別控除の適用があるものとして、三〇〇〇万円を損金に計上して、本件事業年度の所得金額を五二六六万七五五四円として修正申告をしたことは当事者間に争いがない。

二  そこで、本件土地の譲渡による所得について措置法六五条の二第一項の適用があるかについて判断する。

原告会社が昭和四一年四月一一日株式会社成田霊園として設立され、同四二年一二月一〇日商号を現在の北総興業株式会社と変更するとともに、事業目的として不動産の売買を追加したこと、原告会社が昭和五三年三月期までの各事業年度の確定した決算において、本件土地を含むその所有にかかる土地をいずれも貸借対照表の流動資産の部に計上し、右所有にかかる本件土地及びそれ以外の土地の売却が行われた際にもその売却した決算期の各損益計算書の営業損益の部に「土地売上」として計上していること本件事業年度の法人確定申告書、法人税修正申告書の事業種目欄に不動産売買と記載されていることは当事者間に争いがない。

三  右争いのない事実に成立に争いのない甲第一号証、第二号証の一ないし五、第九号証、乙第一ないし第三号証、第四号証の一ないし三、第五号証の一ないし一三、第六ないし第一七号証、第一八号証の二、三、第一九号証、第二三号証、第二五号証の二、第三〇号証、第三二ないし第三四号証、官署作成部分の成立は争いがなく、その余の部分は弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一八号証の一、第二六号証の一、証人長谷川能通の証言によって真正に成立したものと認められる乙第三五号証、証人長谷川能通、同山根徹、同横畑靖明の各証言、原告会社代表者尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

1  原告会社は、昭和四一年四月一一日、事業の目的を人骨埋葬、墓地の提供並びに保管管理、墓石の建設並びに墓石の販売とし、商号を株式会社成田霊園として成立されたものであるが、その設立は、昭和三九年頃から成田引揚者会の構成員らが中心となって霊園の経営を意図してなされたもので、発起人らは、設立に先立って、原告会社の代表取締役となった諸岡璋二の名義で、成田市馬場字餠田、同市山之作字供養塚所在の土地を一反約三〇万円で買収し、諸岡は昭和四一年二月七日右買収された土地の一部である成田市馬場字餠田所在の合計五町歩余の土地について千葉県知事から墓地経営許可を得た(右土地については、原告会社設立後、原告会社名で所有権移転登記が経由された。)。

しかし、同年七月五日の政令で新東京国際空港の位置が成田市と定められ、それに伴って、昭和四三年には東関東自動車道路設置計画が明らかとなり、原告会社所有土地は、その一部がその予定地にかかり、また成田市街地への出入口となる公算が強くなって、墓地用地としては適当でなくなったため、成田市長からの中止要請もあって、諸岡は昭和四二年一二月墓地廃止許可の申請をなし、翌四三年三月三〇日その許可を受けた。その間、原告会社は、諸岡の前記墓地経営許可を受けた地位の移転許可申請も、自らを経営者とする許可申請もしないまま、昭和四二年一二月一〇日、商号を北総興業株式会社と変更し、営業目的に不動産の売買を追加し、同月二三日その旨の登記をなした。

しかも、原告会社は、設立以来、<1>昭和四一年一一月二三日、根本徳一郎に対し、生コンクリート工場建設用地として、当初の墓地予定であった成田市馬場字餠田八四番五外四筆合計一町歩の土地を代金一〇〇〇万円で、<2>昭和四六年五月三一日、同市山之作字供養塚三七〇番外二筆の土地を代金四一六九万五五七六円で日本道路公団に、<3>昭和五〇年七月三一日、昭和四三年に新たに取得した同市大室字龍面一七八二番外四筆の土地を代金三三〇〇万円で富士建興業株式会社に、それぞれ売却した外には、全く営業収益を得ず、墓地経営等営業活動もしていないが、土地を担保として借入をなし、右龍面の土地を取得した事業年度において借入金額は急増している。

また、原告会社は、本件土地等広大な所有地(昭和五六年二月当時で約九五〇〇坪)を雑木・雑草刈りの外には格別の管理も、昭和五五年四月から三〇〇坪を賃貸しているほかは使用もしないで放置し、具体的な使用計画は立っていなかった。また、墓地の経営許可については、墓地を適正に管理しなければならないなどの考えから、原則的には地方公共団体、宗教法人、公益法人等非営利性が確保される者に対して許可される実務上の取扱がなされており、原告会社がこの許可を受ける可能性はほとんどない。昭和四七年三月期から本件事業年度直前の昭和五三年三月期までの各事業年度の確定した決算において、原告会社は本件土地を含むその所有にかかる土地をいずれも貸借対照表の流動資産の部に計上し、右所有にかかる本件土地及びそれ以外の土地の売却が行われた際にもその売却した決算期の各損益計算書の営業損益の部に「土地売上」として計上しているが、これは原告会社の営業実態が前記のとおりであることを考慮して顧問税理士が会計原則に適合した処理をしたものである。

以上の事実が認められ、右認定に反する証人長谷川能通、原告会社代表者の供述部分及びこれに添う甲第七号証の一、四、五、第八号証の一、二、甲第一二号証の記載は前掲他の証拠及び成立に争いのない乙第二一号証の一、二、同第二二号証、第二四、第二五号証の各一、二、第二九号証に照らし措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右認定の事実によれば、原告会社は墓地経営を事業目的に掲げるものの、原告会社代表者の許可は廃止され、原告会社自身はこれまでその許可の申請もせず、将来これを受ける可能性もほとんどないことからすると、墓地経営は、原告会社の営業とはいえず、原告会社はもっぱら土地の売却によって収益をあげているのみで、右許可廃止申請と同時期に、事業目的に不動産売買を追加して以来その他の営業活動はしていないのであるから、右の時期以降不動産売買がその営業目的であり、従って、本件事業年度において本件土地は、原告会社が右営業目的に供すべく商品として所有していたというべきである。従って、本件譲渡当時、本件土地は法人税法二条二一号、同法施行令一〇条のたな卸資産というべきであって、原告会社が主張する墓地経営の用に供する目的で所有していた資産であるとは到底認められない。

三  そうすると、本件土地は措置法六五条の二第一項の規定の適用を受けるべき資産に該当せず、同条項の適用を前提とする原告会社の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒井眞治 裁判官 藤村眞知子 裁判官 小野洋一)

別紙 <省略>

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